日本経済新聞「こころの玉手箱」 音楽家:杉山清貴vol.02

「音楽は、こんなにたくさんの人を動かすんだ」。
公演を見て、感動で魂が震えた。
米ニューヨークで1971年に開かれたバングラデシュ難民救済コンサート。
僕は当時12歳で、現地には行っていない。
その翌年、日本でライブフィルムが上映され、僕は横浜・伊勢佐木町の映画館で圧巻のステージに見入った。

公演を主導したのは、敬愛するジョージ・ハリスン。
ビートルズのギタリストとして活躍し、解散後はソロで活動していた。
71年の内戦で1千万人以上の難民が生まれ、飢餓や感染症で子供が次々と死んでいく同国の現状をジョージは深く憂える。
そして難民を救おうと、立ち上がった。

チャリティーライブが一般的ではなかった時代。
昼夜2回で約2万人を集めた同コンサートは、その先駆けだった。
ジョージの呼びかけで集結したミュージシャンはエリック・クラプトン、ボブ・ディラン、リンゴ・スター……、ビッグネームばかりだ。

僕は、100分を超える公演の最初から最後まで興奮しっぱなし。
白の上下スーツに赤のシャツで登場したジョージは神々しい。
大きな歓声に迎えられて舞台に現れたボブ・ディランと並んで演奏する姿が、絶妙に格好よかった。
クラプトンは少し後ろに下がって、たばこを吸いながらギターを弾いている。
ドラムのリンゴ・スターは、独特のリズムの取り方で彼だけの音を存分に響かせていた。

こんな豪華なメンバーで「ヒア・カムズ・ザ・サン」「風に吹かれて」といった名曲をやるのだから、客席のどよめき、ざわめきはすごかった。
「キャー」とか「ウォー」ではない。
おなかではなく魂から出ているかのような叫びだ。

公演のためにジョージがつくった「バングラデシュ」が最後の曲。
「君たちの助けがほしい そして理解してほしい バングラデシュの人々を救おう」と歌った時の会場が沸騰する様子を見て、僕は「音楽で世界は救えるんだ」と思った。

年を重ねても決して忘れないコンサート。
当時の僕がジョージのマネをしたくて、伊勢佐木町の店で赤いシャツを買って帰ったこともありありと覚えている。



2016年10月25日 日本経済新聞「こころの玉手箱」より



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