杉山清貴ライブMC | 「バンドツアー2015」in横浜関内ホール 2015年3月14日 Vol.02

杉山清貴:「どうもありがとうございました。アルバム“Here & There”から“Stormy Nightの向こう側”、そして2002年のアルバム“Aloe Vera 99%”から“空は青いから”、変なタイトルのアルバムですね。“Aloe Vera 99%”なぜこのタイトルがついたか、このアルバムを録音している時に、撮影で石垣島に行きました。石垣島で日に焼けてしまいまして、あ~何も持ってきてないな、薬局に入りまして何か日焼け止めクリームください、アロエベラ99%、このタイトルにしようと。」

会場:笑い

杉山清貴:「そんなもんです。そして波の音が入り、少しね、これは1990年のアルバム“Sprinkle”から“1945”、1945年終戦の年です、今年は戦後70年という、果たしてこの70年と言う期間が長いのか短いのか分かりませんけども、二度とあんなことが無いようにという願いを込めて、これもひとつの変革だと思います。世界を変えなければいけないんです。人々の意識をやっぱり変えないといつになっても平和な世の中が来ないんじゃないかな、そんな思いです。」

杉山清貴:そして、今の曲は“忘れないでいて”ねっ、メグさん、ペンネーム和悠美ですね、非常に女性らしい優しい言葉で綴られていますが、えーまぁー、僕はレコーディングの時にですね、人は誰でも迷いながら生きている、迷いながら歩いているというとても深い詩なんです。レコーディングしている時、歌詞を見ながら唄うんですけど、気持ちが入ると歌詞を見ずに唄うんですが、気持ちよく人が唄ってるのに、あの方はですね、ガラスの向こうからストップを押して、歌詞違いますと、何が違うのかなぁ。」

奥野恵:「違います違います。」

杉山清貴:「えっ?」

奥野恵:「そんな言い方してません。」

杉山清貴:「人は誰でも笑いながら生きている、と唄ったそうです。」

会場:爆笑

杉山清貴:「これはもう~しょうがないですよ、そういう行き方だもん。」

奥野恵:「それ2回やりましたよ。2回も。」

杉山清貴:「えっ?」

奥野恵:「2回。」

杉山清貴:「2回ですか?」

会場:拍手




杉山清貴:「あんまり突っ込まないでください。昔の話ですから。そうやって、あの~余談ですけれど、宮古島で知り合いになりました、前回レコーディングで一緒になった、下地暁さんという先輩の方が僕にメールをくれる時必ず、杉山さんまた今日もニコニコしてますか?ってくれるんです。そんなに笑ってんのかなオレって思ったんですよ。やっぱり笑いながら生きてるんだなぁって実感いたしましたが。え~、我々こうやって音楽をずっと続けてひとつのことに邁進しているわけです、これはやっぱり好きだからやっているわけでございまして、でも音楽を好きになるきっかけっていうのは人それぞれですよね。僕は、物心ついた時、一番最初に自分で意識して買ったレコードは、おこずかい握って買ったレコードは、錦野旦さんの“もう恋なのか”という唄なんですけれど、記憶の中であれでキュンときたなぁって音楽が必ずあるはずなんですけれど。皆さんに聞いていきます。バンマス角田俊介。」

会場:拍手

角田俊介:「こんにちは。えっと、好きになった曲でいいのかな?」

杉山清貴:「曲でいいよ。」

角田俊介:「あのね、自分で買ったシングルレコードなんですけど、小学校1年生の時かなぁ、加山雄三の“夕日は赤く”がすごっく好きで、小学校1年にちょっと、今でもこの曲は僕の中で輝いている、自分のポップ史の中で輝いている曲であるわけです。」

杉山清貴:「ほうほう。」

角田俊介:「すごいと思いませんか?」

杉山清貴:「すごいと思いますよ。」

角田俊介:「色あせてないっていう、例えばアクションヒーローとか好きなんだけど、ちょっと色あせてるわけ。だけど“夕日は赤く”は色あせてなくって、何年か前にイベントでご一緒することがありまして。」

杉山清貴:「加山さんと?」

角田俊介:「その曲やった時はちょっと涙腺がゆるんじゃって、オレのために唄ってくれてるくらいな気持ちになっちゃて。」

杉山清貴:「分かるな~。」

角田俊介:「お人柄も素晴らしい方で、“夕日は赤く”。」

杉山清貴:「“夕日は赤く”。」

会場:拍手

杉山清貴:「加山さんはほんとに、加山雄三さんという人はいろんな世代のミュージシャンに影響を与えているんで、エレキギターの影響を与え、作詞作曲に影響を与え、唄に影響を与え、素晴らしいまだまだバリバリ現役ですから、ああいう方が上にいると我々もうかうかしてられないわけでございまして、頑張らねば。」

会場:拍手

杉山清貴:「では、このバンドの重鎮、後藤輝夫。」

会場:拍手

後藤輝夫:「こんにちは。」

会場:拍手

後藤輝夫:「え~、私は、え~、エルビス・プレスリー。」

杉山清貴:「イエーイ。」

後藤輝夫:「プレスリーをたぶん幼稚園か小学校かそんぐいらいの時に聴いた“Love Me Tender”という曲。その曲を一生懸命全然歌詞も見なかったんですけど、いつもラジオで流れてて、それをいつもみかんの箱を逆さにしてその上に乗っかって唄ってました。」

杉山清貴:「そうですか。」

後藤輝夫:「それが一番記憶に残る曲ですね。」

杉山清貴:「みかん食べる?」

後藤輝夫:「みかん食べながら。“Love Me Tender”。」

杉山清貴:「“Love Me Tender”ありがとうございます。」

会場:拍手

杉山清貴:「キュンと残っているという曲はですね、いつ聴いてもその時代に帰っていく、まぁ皆さんも色々あると思いますけど、あっ私の曲ですか、ありがとうございます。」

会場:爆笑

杉山清貴:「じゃぁ、唄に戻ろうか。なんか横浜、昨日もそうだったんですけど、ほんとにこの界隈は10代の頃、ちょうど高校生くらいから二十歳くらい20、21ぐらいまでかな、ほんとにフラフラフラフラ遊び回っていた所で、こうやってステージで唄ってると、ものすごい力をくれるんですね。ですから余計なことまで喋っちゃうと思いますんで、聞き流してくださいね。」

会場:笑い

杉山清貴:「さぁ、じゃぁここでギターを持ってね、1曲目にやります曲はですね、これは~、1997年のアルバム“Harvest Story”という、僕のアルバムの中では結構気色の違うかなりざっくりとした荒くれた音なんですけど、そのアルバムの中で唯一ほっこりとした曲で“Spiced Rum”という曲がありまして、スパイスド・ラムというのはラム酒です。ラム酒にいろいろな薬草とかハーブですね、世に言うハーブを漬け込んでありまして、決して危険なハーブではなく善良なバーブですね。」

会場:笑い

杉山清貴:「体にいいハーブを漬け込んであるお酒なんですけど、それに一時やたらハマった時がありまして、そのスパイスド・ラムをグラスに注いでそこにナタデココとか入れたらすごく美味しいんですよ。まぁそれはいいとして、そんなスパイスド・ラムにハマった時に旅に行きました。尾道に行きまして、尾道の夜、バーに連れてってもらいまして、ちょっと丘の上にあるバーなんです、わりと広いお店なんですけど店ん中がわりと、漁師さんがやっているバーで、元ね、元漁師さんがやっているバーで、店ん中にガラスの浮き球とか釣り竿とかいろんな釣りに関するものが乱雑においてあるんですけども、非常に落ち着くお店で、ふと窓の下を見ると、下に小ちゃな港があって、小さな明かりが灯ってて、わぁなんかいい雰囲気だなぁと思って、そこで結構ハマって酒呑んでしまいましたが、え~、ここをこういう所を舞台にひとつ詩を作れたら面白いかなと思いまして“Spiced Rum”というタイトルで曲を書きました。」




杉山清貴:昔から、子供の頃からつるんでいる仲のいい男ふたりがいます。ひとりは、ふたりでしょっちゅうしょっちゅう遊んで、波乗りとかしに行ってふたりでしょっちゅう海行ってばーっとなってたんですけど、ある時期になってやっぱり進路方向が変わります。ひとりは真面目に仕事をし、コツコツと仕事をし、そして都会に暮らし、波乗りもサーフィンも20年、30年やってないなぐらいな感じで。でも、もうひとりはずーっと海にいて、サーフボードをもっちゃあ海に行って、そして短期バイトをしてそしてまた次の海に行く。いるんですよ、そういうサーファーたくさん。そんなふたりのですね、友情の唄でございます。“Spiced Rum”行きましょう。」

vol.03に続く